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人生反面教師
人の振り見て我が振り直そう

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人間性の形成

人間関係というものは煩わしいものである。当然不満を感じる事もあれば、怒りすら覚える事もある。
それを尠くとも表面上は平常心を保っている様に見せる、つまり「人間出来てんなあ」と思われる程度に寛容さを演じられる様になるには、ひいては本心から憤懣や怒りを覚える事無く、純粋な「寛容」の塊になるにはどうしたら良いか。

手段の一つとしては仏門に入る。中でも禅宗ででも修行するという方法があろう。
精神的な何かを得る為に座禅を組む・・・なんという解決法は、漫画やドラマや小説などで、この日本では腐る程採り上げられている、認知度の高いポピュラーな方法だ。
そうした方法の実践者たる禅僧のイメージも、漫画等では、一般人の及ぶべくも無い程の人格者として描かれる。
禅僧に限らないが、実際の僧達も、TV等で話す台詞や口調を聞いていても、そうした「人格者」に見える様な事を言う。

併し彼等「僧」達が、還俗して一般企業に入った時、果たして其の「人格者」振りを、どの程度迄保って居られるのだろうか?
複数の部下に仕事をさせる。女共が徒党を組んで問題を起こし、亦下らない事を大袈裟に問題化して申し立てを起こす。取引先や上司に嫌な事を言われる。仕事上の失敗を犯して叱責されるなら未だしも降格させられたり左遷を申し渡されたりする。亦単に嫌な性格の奴と付き合わなければならない等々。
これ等の諸問題に精神上冷静に対処出来る様になる為には、其の場でそういう経験を何度と無く積まねばならない。
然るに僧たる人々には殆どその様な経験は無かろうと思われる。にも拘わらず「悟りを開く」=「完全な人間になる」=「仏となる」為に修行を続ける。其の修行とは、ひたすら座禅を組んで、いわば「イメージトレーニング」をし、人間の書いた「成仏マニュアル」=「経典」を読んで理解する事だけだ。
これでは戦争シミュレイションゲームをやって、「自分は歴戦の勇者だ」と言うに等しいだろう。
と、私は常々思って居た。

最近はTVや本等でもこうした考え方を眼にする事が多い。矢張り皆考える事は同じか。
人間的に寛容になるには、矢張り様々なシチュエイションの人間関係の中で揉まれなければならないのだと思う。

さて、では具体的に、どんな職種が「寛容さの形成」に最も効率的に効果を発揮するだろう?と考えると際限無くなるので、逆にどんな職種が最も非効率的か。と考えよう。
併し乍ら、これも考えていくとキリが無い。併し唯、鳥渡考えるに、多分落語家という職種は非効率的なものに属するのではないかという様な事を思ったりする。

以前、私はさる落語家を酷評した知人(当時六十歳)の言い分を、これまた或る落語家さんに言って、どう思うか?と訊ねた事が有る。
そしたらこの落語家さん、即座にキレた。
知人に対してと云うより、私に対してだ。
爾来其の落語家さんとは絶縁状態となっているが、余りに堪え性の無いヒトだと思ったものだ。
此の人一人を以って落語界全体がそうだとは言えまいが、落語家で得られる人間性というものは、どうも様々な一般の職種で揉まれて得る人間性よりも、数値で表せればの話だが、量的に尠いものなのではないかというイメージを持ってしまったのも否めない。

さて、それで思い出したが、全く関係無い話である。
と或る霊能者が、
「人間は最終的に神に近付こうと修行をする。その霊性向上に最も効率的なのが、この人間界で揉まれる事なのである」
と、概略斯様な事を言っていた。
仏教で言えば修行して「仏=如来」になるという事がそれなのだろう。
如来の持つ能力の一般的なイメージは、「全て御見通し」「やる気になれば自然の法則も無視した奇跡を起こせる」みたいなものではないか。つまり神に最も近い存在とも考えられる。

神は凡そ160億年前、真空のゆらぎから大爆発を起こしてこの宇宙を作りたもうた。私には何のこっちゃ解らない。物理学者は理論的には理解出来ようが、実際にどうやったらそんな事が出来るかは解らんだろう。
初め宇宙には光しかなかったらしいが、其処に電子が生まれ、クウォークが生まれ、更に様々な素粒子が出来上がっていって、そこに重力やら電磁力やら色々な「力」が働いて今の宇宙の様な形を形成する。その結果人間が発生し、神や仏に近付こうとする。人間が発生したのは神に近付いていく様成長させる為に神が計画した事なら、これは宇宙創世の時から今に至る迄の、様々な物理現象が元々計算ずくだった事になる。
重力の度合い、光のスピード、素粒子の質量等の物理法則、更には遺伝子変異の偶然性等々、どれひとつ狂っても、今の人間は居ない筈だから、それらを神は全部緻密に計算して居た訳だ。
更に、全宇宙の質量がどれ位か知らないが、譬え1gの質量を作るにしても、電力に直して2500000kwhの熱量が要るという。言い換えれば1000whの電気ファンヒーターに2850年間(損失分を含めてか?)送電し続けないといけないらしい。これから考えると、地球一個を作るにしたって相当な熱量が必要な筈であるが、神は全宇宙の質量を調達したワケだ。
私にはどうやったらそんなことが出来るか解らないし、科学者だって出来ないだろう。

是だけの事をするのが神であって、夫れに近付こうとするのが人間。で、
「神に近付く為には人間界で揉まれるのが一番いい」
というが、果たして人間界で揉まれるだけで、こんな事が出来る様になるのかどうか、甚だ恠しく感じてしまうのは私だけだろうか。
もっとハイレヴェルな修行をしないといけない様な気がするのだが如何だろうか。
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  1. 2006/10/30(月) 00:36:21|
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