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人生反面教師
人の振り見て我が振り直そう

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嫌いな理由

「子供好きぃ?」
とか訊かれる事が有る。
「嫌い」と答えると、当然其の理由を聞きたがって来る。
「自制心が極端に弱いから」
と答えてやると、必ずと言っていい程、小莫迦にした様に、
「当たり前じゃん!」
と来る。当たり前だから何だ。だったら訊くな!
ほんじゃ何か?
「納豆が嫌いだそうなが、なにゆえ?」
「臭いから」
「当たり前じゃん!」
か!?
普通、臭いのがイヤなんじゃないんかい?え?じゃ、納豆の形状が気に入らんとでも言えば気が済むのかい?

或る特定の物事を嫌う理由と云うのは、往々にして対象となる物事の「際立った特徴となる部分」が気に入らないからではないのか。
仍ち「当たり前」な特徴が「嫌い」となって当然と言える訳だ。

実際の所、情け無さそうに「納豆の匂いが好かないんだ。」と述懐すれば、「ああ、あの匂いねえ・・。」と同情を匂わして来る位のモンであろうが、これが殊、子供の事に成ると、「其の大きな特徴」が嫌いである事を、世間は認めたくないらしい。
飽く迄子供の「自制心が極端に弱い」部分が嫌いである事を声を大にして主張し続けたとしたら、世間の当方を見る目は恰も人非人を見るが如きものになるだろう。

だがひとつ考えてみて欲しい。自分が嫌いなものを幾つか挙げて、その嫌いな対象を生物と無生物に振り分け、其の中の特定の生物が嫌いな理由と、特定の無生物が嫌いな理由とで、根本的に同じ論法が当てはまる対象同士が有るか無いか。
そりゃ一見理由は違うだろう。「あいつは自慢話が多くて嫌いだ。」というのと「あの石は角が多くて嫌いだ。」というのとでは。
併し、此の場合は先に言った様に、「対象の大きな特徴が嫌い」であるという点で共通の理由とは言えまいか。(他にどんな共通の理由が有るか探してみるのも楽しいぞ!)
人間の判断基準とは根本の所ではそんなものではないのか。自分も同じ理由で好き嫌いを言っていないか考えてみよう。
エラそうに人の嗜好を責めるべきではない。
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  1. 2005/12/25(日) 01:50:30|
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